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2023/4/14

キネコ国際映画祭を作った人/株式会社カイクラフト社長 田平美津夫さん

 毎年11月上旬に二子玉川で行われ、2023年には記念すべき30回目を迎える子どもたちの国際映画祭“キネコ国際映画祭”。トヨトミとしても、2022年度のキネコ国際映画祭では特別協力として参加し、会期中はスタンプのワークショップを開催するなど微力ながらイベントに関わらせていただいた。

 そんな映画祭の立ち上げを担い、現在はフェスティバルディレクターとして運営面で中心的な役割を果たしているのが、株式会社カイクラフト社長の田平美津夫さんだ。

オフィスで使用されている『PE-8』

 田平さんはペレットストーブ・薪ストーブなどの販売店である東京ストーブを運営し、ご自宅、オフィスでもトヨトミのペレットストーブをお使いいただいている。

 今回は田平さんの経歴、キネコ国際映画祭を始めたきっかけ、トヨトミとの関わりなどについてお話を伺った。

映画監督になる夢
単身、アメリカへ

「北海道の生まれなんですが、小学3年生の時に愛知県に引っ越したんです。転校した学校に通いはじめたら、私と他の子で学力の差がすごくあったんですね。北海道ではまだ全然習っていないことを転校してきた学校ではもうやっていて。それで学業についていけなくなっちゃったんです」

 そんな田平さんの救いになったのが映画だった。

「映画ばっかり観るようになっていったんですね。特にアメリカの映画。映画を観ていると、色とか匂いとかその場所の習慣とかがもう画面から溢れ出ているように感じられて。それで早くアメリカに行きたいって思いが芽生えたんです。そして映画監督になりたいと思った」

 アメリカに旅立ったのは田平さんが18歳のときだった。当時は情報も少なく、何か伝手があったわけでもなかったのだという。

「サンフランシスコの飛行場に着いて、そこで何もせずに3時間いたんですよ。泊まるところも決まっていないですし、そもそも行く場所も決まっていない。思い浮かんだのは、『成功するまで帰ってくるな』という母の言葉。ただでは帰れないという決意だけがありました」

「映画監督になるって夢があったので、時間があればハリウッドに行かなきゃ、映画関係者に会わなきゃ、とかいろいろあるんですけど、まず何よりも食べて行かなきゃいけない。それで仕事はいろいろやりました。寿司屋さん、天ぷら屋さん、日本料理屋で働くのが手っ取り早かったですね。条件はアメリカ人とは違うわけですよ。普通の時給は6ドルなんだけど、『お前は3ドルな』と言われて使われる。でもそれしか食い扶持がないからやるんですね。それで朝から晩まで手を傷だらけにしながらキャベツを切って(笑)」

 日本人旅行者の旅の思い出を記録をするカメラマンをしていたこともあるのだという。

「当時は日本でもサンフランシスコ行きの新婚旅行のツアーをたくさん組んでて、新婚のカップルがいっぱい来たんですよ。私はカメラマンとしてそのカップルに旅の間同行して、ずっと動画を撮ってあげるんですね。カップルは最初は仲良くしているんですが、バスも一緒、食べるところも一緒、ホテルも一緒でだんだん殺伐としてくる。たいていのカップルは深刻な喧嘩をしてましたね(笑)」

隣り合った出会い
メディアの世界へ

「あるとき日本町のバーで飲んでいたら、話しかけてくるおじさんがいたんですね。『君はこんなとこで何やってるんだ』とかそんな感じで。めんどくさいおじさんだなと思いながら適当に喋ってたら、なんとなく仲良くなっちゃって。後で知ったんですけど、その人が、とある大手新聞社の副社長さんだったんですね」

 そんな思いがけない出会いがきっかけで田平さんは大きな企画に携わることになる。

「『ニューヨークに来ないか』と誘われたんです。当時その新聞社の支局がニューヨークにあったんですね。でも『ただ来るだけでは面白くないからなんかやろうよ』ってその人の提案で始まったのが、アメリカ48州をオートバイで回って各州でインタビューをしていくという企画でした」

当時の新聞記事

 田平さんが21歳のときだった。ただ企画を行う条件としてスポンサー集めを任された。そのときに新聞社の名前が入った自分の名刺を作ってもらったのだという。

「メディアの強さをそこで知りましたね。新聞社の名前がついた名刺を渡すだけで21の若造のために色んな人が動いてくれるんです。魔法のカードですよ。映画祭のスポンサー集めもやってることは同じなんですね。若いときにそういう経験をさせてもらえたから、大きな仕掛けができるようになった。メディアの使い方を知るっていう意味でもすごくいい経験をさせてもらいました」

 インタビュー企画は新聞紙面に載り、朝の報道番組で放映された。バーで隣り合ったというだけの出会いが大きな企画を生み、現在の田平さんを作る糧となった。

「ニューヨークでは1年くらい新聞社で働かせてもらって、編集者のアシスタントをやっていました。支局だから本当に20人くらいしかいなかったんですけど、だからこそ新聞ができるまでの流れがわかりやすく見えてくるんですね。広告を取る人、記事を書く人、それを営業する人。ひとつの流れがあった。それでメディアは『こういう情報を欲しているんだ』とか『ネタをこういう風に取ってくるんだ』とかいろんなことを学べました」

日本へ帰国
広告代理店に入社

 日本に戻ることになったのもある出会いがきっかけだったのだという。

「ニューヨークの方の支局には新聞社のお偉いさんがいっぱい来るんですよ。スポンサーの方もたくさん来るんですね。運送会社の社長さんとか大手メーカーの社長さんとか。私はアルバイトという立場だったので、そういった方々を空港まで迎えに行って、私の運転で会社まで案内したり、ランチとかディナーのレストランを案内したり、様々なアテンドをしていたんです」

 サービス精神が旺盛な田平さんにぴったりの仕事だったのだという。

「多分、他の人だとそういうときって高級なレストランとかに連れていくんですよ。でも私は雑居ビルの屋上とか穴場を探して、普通は見つからないようなお店に連れていく。『日本人でこのお店知ってるのはたぶんあなただけですよ』とか言って。そうするとみんな喜ぶんですね(笑)」

「そんなふうに接待をしていたら、社長さんの何人かから『日本に帰ったら遊びに来いよ』とか『戻ったらうちで働いてよ』とか誘っていただけるようになった。そういった中である広告代理店の社長から『うちの会社で働いてくれないか』とスカウトされて」

 提示された条件は破格だった。

「当時の20代でもらう金額としてはありえないような条件を提示してもらって。それで日本に戻って広告代理店と契約して働きはじめました」

 日本に戻って好条件で広告代理店と契約。ただ田平さんはその後間もなく独立して会社を創業している。どういったきっかけがあったのだろう。

「高校生のときになんでだったかわからないんですが、占い師に占ってもらったことがあって。そのときに『あなたは25歳までに会社を自分で興さないとごろつきになる』って言われたんですね(笑)。その当時、もっとかっこいい仕事をしたいという思いが芽生えていた時期で、それに加えて占いのタイムリミットも近づいていた(笑)。だからもうやるしかないなと思って、内装工事をメイン事業とするカイクラフトという会社を立ち上げました」

 事業は順調で業務は拡大。設立からしばらく経つと、少しずつ儲かるようになってきた。そんなときにふと原点に立ち返ったのだという。

「あれ?と思ったんですね。自分の目標は建築屋でもなかったし、人材派遣業でもなかった。全ては映画から始まったんだよなって思ったんです。だから、やっぱり映画の仕事がやりたいなって。それで最初はなんでもいいから映画に関わることをやろうと思って始めたのが映画祭です」

 なぜ映画制作ではなく、映画祭だったのだろう。

「極端な話をすると、映画祭は明日からでも始められるんです。映画そのものを作ろうと思うと何千万、何億とかかります。でも映画祭なら10万円しかなくても、映画を集めて上映すればそれは小規模でも映画祭になる」

 ただ映画祭を開催したことで断念したこともあった。

「映画を作ることはそのときに諦めました。映画祭をやったらもう作っちゃいけないんですよ。もしも私がひどい映画を撮ってしまったら映画祭のブランドを落として潰すことになってしまう。やっぱりフォーカスを絞らなきゃいけない。それでもう映画を作ることは絶対にしないと決めました。この映画祭を成功させることにすべての力を注ぎこもうと」

会社存続の危機

「映画祭を始めてから何度か会社が危ないときがありました。キネコ国際映画祭の会場は2016年に二子玉川に移ったんですが、二子玉川ではクオリティの高いものじゃないと受け入れられないんですね。だから最初の3年間はもうやるしかないと思って、予算は2000万から3000万だったのに、5000万とか6000万という規模の映画祭を作ってしまった。その3年でどんどん借金が膨らんでいって」

「イタリアの映画祭に参加しているとき、専務から朝5時に電話がありました。『社長、もう銀行から借り入れできません』と」

 なんとかなるよ、と返したものの、解決の糸口は見えなかった。田平さんは協賛企業の方に正直に現状を話したのだという。

「『もう会社が潰れそうです』とお話したんですね。それで『この映画祭を買ってくれませんか』とお願いしました。全部の権利をお渡ししますと」

 返ってきた言葉は思いがけないものだった。

「『それはできません』と言われたんですね。『この四半世紀で映画祭が積み上げてきたことは、田平さんの発想力がなければできないことだった。もうお金で買えるものではない。だからこのまま続けてやってほしい』と」

 その結果、買い取ってもらうのではなく寄付という形で支援をいただき、そのまま映画祭に携わることができたのだという。

「その苦しい3年が終わると、業績はV字回復しました。でもほんとに賭けでしたね。とにかく張りまくった3年間。でもね、当たり前ですけど自分だけの力じゃない。関わってくれた人がほんとにみんないい人なんです。カイクラフトを潰さずに一緒にやる方法を親身になって考えてくれた。だから今があるんですね」

マンションにも
ペレットストーブを

 田平さんは杉並区で『東京ストーブ』という実店舗の運営事業もされており、数多くの暖房機器を知る、言うなればストーブのプロフェッショナルだ。そんな田平さんがご自宅の暖房のために導入いただいたのが、トヨトミのペレットストーブ『PE-6』。なぜ『PE-6』を選んでいただいたのだろう。

「ここは築30年以上の古い建物なんです。エアコンは1台ついているんですが、それだけでは冬場は寒くて。もっと強力な暖房機が欲しいと思ったのが導入のきっかけですね。3種類くらい候補を見せてもらったんですが、その中からデザイン性で決めました。性能も一番だったので即決でしたね」

 火が見えるという部分でも気に入っているのだという。

「すごく気に入っていますね。このペレットストーブは場所もとらないし、ボタン操作も簡単だし、何より暖かい。導入してよかったなって思っています。火って不思議ですよね。つけてすぐはまだ暖まっていないんですけど、この炎を見ているだけで暖かい気持ちになってくる。窓が大きいから火が美しく見えるのもいいですよね」

 メンテナンス性についてはどう感じているのだろう。田平さんの奥様の貴子さんにお話を伺った。

「もともと私はストーブ屋で働いていたこともあって、なんとなくペレットストーブの知識はあったんですね。でもやっぱり実際に自宅で長時間使ってみると、灰の溜まるスピードだったり、勝手が違う部分も出てくる。これまでは全部自分で手作業でやっていたんですけど、今はペレット専用の掃除機を購入して掃除しています。すごく楽ですね。だから使うにあたっては慣れと工夫が必要なのかなとは思います」

 男性はどちらかというと機能面や所有欲という部分に目が向きがちだが、女性目線で見ると日々使うものだからこそメンテナンス性が何より重要だと考えているそうだ。

「日々のお掃除がもっと楽になったらよりいいかなとは思いますね。でもすごく気に入ってますよ。雰囲気も素敵だし、あったかいし、燃料の補充もすごく楽だし」

 ペレットストーブは給排気の関係から取り付け工事が必要な製品だ。田平さんのお住まいは集合住宅ということで工事にはハードルがあったそうだが、田平さんご自身で管理組合に相談して導入したのだという。

「ペレットストーブは施工が必要なので抵抗がある方もいるかもしれないんですが、もっと多くの人に導入してもらいたいですね。私が『ストーブ屋をやってます』って言うと、『うちはマンションだからダメよね』って言われることが多いんです。たぶん先入観だったり既存の価値観が邪魔をするんですね」

 その価値観を変えていかなければいけないと思っているそうだ。

「私はマンションに住んでいる人にも検討してほしいんですよ。『私のうちにはありますよ』って言いたい。すごくいいものだから、もっとたくさんの人に薦めていきたいですね。管理組合が厳しいところは無理かもしれないんですけど、ビルオーナーさんの中には交渉次第でつけられるところもあるんじゃないかと思っています」

 最後に好きな映画を聞いてみた。

「コテコテかもしれないですが(笑)。私は『ロッキー』が好きなんです。弱い人が大きい人を倒したり、努力して工夫して成功するようなストーリーが大好きなんですよ」

 裸一貫でアメリカに渡り、様々な逆境を跳ね返して現在の成功を収めた田平さんと重なるものがある。若き日の田平さんはスクリーンに映るロッキー・バルボアに自分の姿を投影していたのだろうか。

「失うものが私には何もなかった。ほんとに何もなかったんです。ただ願いだけが強く心にあって、ずっと願いをかけていた。私は願いは強くかければ叶うと思っています。強い願いが自分や人を動かして今があるんですね」


ご紹介したストーブ

PE-8【MUUMUU】
ワイドなバーナーで迫力のある炎。
https://www.toyotomi.jp/products/heating/pellet-stove/pellet/pe-8

PE-6【Mimi】 ホワイト
ナチュラルモダンなデザインであらゆる場所に調和するペレットストーブ。
https://www.toyotomi.jp/products/heating/pellet-stove/pellet/pe-6


インタビューのお相手

株式会社カイクラフト 社長
キネコ国際映画祭 フェスティバルディレクター
田平美津夫】さん

株式会社カイクラフト WEBサイト
http://www.caicraft.jp/
キネコ国際映画祭 WEBサイト
公式webサイト:https://kineko.jp/
公式instagram:https://www.instagram.com/kineko_filmfes/?hl=ja
公式Twitter:https://twitter.com/tokyokinderfilm


※本記事に掲載の情報は2023年4月時点のものです。
※撮影したモデルは現在販売しているモデルと外観が一部異なることがあります。


photo / yamamoto
interview / asai & osawa
text / gambe


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